ホモロジー代数がかった数学ばかりをやっていると、時折無性に微分方程式を解いてみたくなったりする。多分、脳ミソの中で使う筋肉が違っているのだろう。
思うのだけど、西欧の知的伝統の中でギリシャ哲学やキリスト教と並んで、同等以上のインパクトとして「微分方程式で世界を解析する」思想が挙げられるのではないか。そして密かにこれ(だけ)が真にヨーロッパ起源の強大な思想なのではないかと疑う。未来に対する予測可能性とコントロール、養老孟司氏の言葉を借りれば「ああすれば、こうなる」という都市の人間の発想を準備したのは、微分方程式の思想ではないのか?要するに、近代そのもの。その意味で、人文科学の学生がギリシャ語やラテン語、ヘブライ語を学ぶように微積分の言語に触れることは単純に思想史的興味からだけでも必須なのではないかなあ…。